ET-KINGメンバーの現在と歴代一覧|いときん・TENNの魂と歩む軌跡
大阪・通天閣の膝元で産声を上げ、法被姿で泥臭く愛と命を歌い続けてきたET-KING。2000年代後半に「愛しい人へ」や「ギフト」が列島を席巻し、ウェディングソングや人生の応援歌として人々の胸に深く刻まれてから長い歳月が流れました。四半世紀を超える歩みの中で、彼らが直面してきた現実はあまりにも過酷な試練の連続でした。
相次ぐ中心メンバーの急逝、オリジナルメンバーの脱退、そして幾度もの活動休止――。幾多の苦難を経験しながらも、彼らは決してマイクを置きませんでした。2026年現在、ET-KINGは何人体制で活動を継続し、どのような想いでステージに立っているのか。歴代メンバーの足跡や脱退の真相、そして現在の活動実態まで、取材現場の記録とともに詳細に紐解きます。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:2026年現在の稼働メンバーはKLUTCH、センコウ、コシバKENの3人体制であり、亡き2人の想いと共に「魂は7人」の信念を貫いている。
- 要点2:TENNの急逝(2014年)といときんの肺腺がん逝去(2018年)、その後のDJ BOOBYとBUCCIの脱退は不仲ではなく、それぞれの人生と向き合った末の決断だった。
- 要点3:現在も全国ツアーや地域フェスを精力的に展開しており、泥臭い人間味と圧倒的なライブパフォーマンスで世代を超えた支持を集めている。
【2026年最新】ET-KINGのメンバーは現在何人?歴代一覧と基本体制の変遷
結成当初から長らく親しまれた「7人組」というイメージを持つファンにとって、現在の体制は大きな関心事です。結論から述べると、2026年現在ステージに立ち続けている正式メンバーは3人となっています。ただし、グループの公式スタンスとして「ET-KINGは永遠に7人」というスピリットは今なお一切揺らいでいません。
1999年に大阪で結成されたET-KINGは、ボーカル5人・DJ1人・総合司会1人という極めて独創的な構成で頭角を現しました。全員が職人や祭りを彷彿とさせる揃いの法被を身にまとい、背中にはそれぞれの名前と背番号を刻印。ヒップホップと歌謡曲、レゲエが融合した独自のサウンドで、瞬く間に全国区の人気を獲得しました。しかし、2010年代以降、相次ぐ別れとメンバーの進路選択によって体制は大きく変化していきました。
| 項目 | 詳細・数値データ | 一般的な基準・相場 | 編集部の見解・評価 |
|---|---|---|---|
| 現役稼働メンバー | 3名(KLUTCH、センコウ、コシバKEN) | 結成時:7名編成 | 最小単位のMCトリオとなりながらも、音圧と熱量は最盛期を凌駕するレベルを維持。 |
| 魂の永久メンバー | 2名(いときん:2018年没、TENN:2014年没) | 他界による脱退扱いが通例 | 除籍ではなく「永久在籍」としてステージ上に立ち位置とマイクを確保し続ける異例の絆。 |
| 卒業・脱退メンバー | 2名(DJ BOOBY:2020年、BUCCI:2021年) | 音楽性の違い等による対立脱退 | 40代の人生設計に伴う円満な独立。現在も相互のリスペクト関係が継続。 |
| 法被と背番号の象徴 | 1番〜7番(各固有カラーを制定) | 一般的な衣装替え | 背番号の欠番化を行わず、7つの色と数字がグループの精神的支柱として機能。 |
現在ステージに立つ3人は、サポートDJを交えながら全国各地の現場を駆け巡っています。人数こそ半数以下になりましたが、彼らが放つメッセージの密度はむしろ増しており、客席との強固な連帯感を生み出しています。

悲劇を乗り越えて|いときんの肺がんとTENN急逝の真相・経緯
ET-KINGを語る上で避けて通ることができないのが、グループの精神的支柱であったいときんと、切れ味鋭いラップで牽引したTENNという2人の盟友との別れです。相次ぐ悲報は、メンバーのみならず音楽シーン全体に計り知れない衝撃を与えました。
最初の悲劇は2014年9月25日に訪れました。グループが充電のための活動休止期間に入っていた最中、TENN(本名・森脇和成)さんが35歳という若さで自ら命を絶ちました。プライベートや将来に関する様々な憶測が飛び交いましたが、残されたメンバーが直面したのは、前日まで笑い合っていた大切な家族を突如失うという耐え難い現実でした。当時の関係者の証言によると、メンバー全員が言葉を失い、一時は音楽活動そのものを完全に断念することも頭をよぎったといいます。しかし、「あいつが愛した歌を止めてはならない」という想いから、2015年に自主レーベルを立ち上げて活動再開を果たしました。
再生への道を歩み始めたグループを、さらなる過酷な運命が襲います。リーダーのいときん(本名・山田祥晃)さんが、2017年8月に肺腺がん(ステージ4)であることを公表。脳やリンパ節への転移が見つかる深刻な病状でした。抗がん剤治療や放射線治療に耐えながら、いときんさんは病床でも歌詞を書き続け、同年12月28日に開催されたツアーファイナル(Zepp Tokyo)のステージにサプライズで登場しました。
やせ細った身体でありながら、マイクを握りしめて放った「生きるぞ!」という咆哮は、会場にいたすべての観客の涙を誘いました。しかし懸命の闘病もむなしく、2018年1月31日、心不全のため38歳で永眠。リーダーの早すぎる旅立ちに、大阪で行われた通夜・告別式には多くの著名人や数千人のファンが集まり、グループの象徴であった赤色の法被が棺に納められました。
DJ BOOBYとBUCCIの脱退理由|音楽性の変化と個人の人生設計
2人の急逝を乗り越えて5人体制で歩みを進めていたET-KINGですが、結成20周年を越えたタイミングで新たな転換期を迎えます。それがDJ BOOBYとBUCCIの相次ぐ脱退でした。
まず動いたのは、サウンドの屋台骨を支えてきたDJ BOOBYでした。2020年12月末日をもってグループを脱退し、同時に長年続けてきたDJ活動にも終止符を打ちました。発表されたコメントによると、脱退の理由はメンバー間の不和などではなく、「40代を迎え、一人の人間として音楽以外の世界で新たな挑戦をしたい」という本人の強い意志によるものでした。グループの音作りの要であった彼を、残るメンバーも温かく送り出しました。
続いて翌年、2021年4月末日をもってBUCCIが脱退。メロディアスな歌声と温かなキャラクターで親しまれたBUCCIは、ソロアーティストとしてのステップアップと、自身のライフワークである地域貢献・福祉活動などへの専念を決意しました。長年ひとつのグループとして走り続けてきたからこそ、個人の表現者としての可能性を追求したいという前向きな独立でした。
ロックバンドやダンス&ボーカルグループの脱退劇においては、金銭トラブルや人間関係の破綻が取り沙汰されるケースが少なくありません。しかしET-KINGの場合、脱退した2人と現メンバーの関係性は現在も良好であり、SNS等でも互いの活動を認め合う姿が見られます。青春時代を共有した男たちが、それぞれの成熟に伴って選んだ「大人の進路選択」であったといえます。

【実態検証】現在のメンバー3人の素顔と2026年ライブ活動の現場熱量
激動の変遷を経て、2026年現在のET-KINGを牽引するのはKLUTCH、センコウ、コシバKENの3人です。それぞれが個性的な役割を担い、グループの看板を守り続けています。
コシバKEN(総合司会・MC/法被カラー:紫/背番号6)は、現在のステージにおける実質的なリーダーシップを発揮しています。彼の真骨頂は、楽曲の合間に繰り広げられる人間味あふれる語り口です。関西ローカルのラジオ番組やイベント司会でも定評のある話術を駆使し、フロアの空気を瞬時に掌握。観客の悩みに寄り添い、時に笑わせ、時に涙させる言葉の力は、現在のET-KINGの大きな推進力となっています。
センコウ(MC/法被カラー:オレンジ/背番号5)は、哀愁を帯びたハイトーンボイスとキャッチーなメロディラインを司るボーカルの要です。兵庫県三田市出身の彼は、地元への地域貢献活動にも熱心であり、等身大の言葉で綴るリリックが幅広い層から支持されています。ライブ現場では客席の隅々にまで視線を配り、一人ひとりに届けるような真摯な歌唱姿勢が印象的です。
KLUTCH(MC/法被カラー:青/背番号3)は、グループの重低音を支える低音ラップが武器です。2022年に報じられた書類送検騒動(後に不起訴処分)に伴う一時的な活動自粛など、個人的な苦境も経験しましたが、復帰後は自らの過ちと真摯に向き合い、ステージ上で愚直なまでに泥臭いパフォーマンスを披露しています。その不器用ながらも誠実な佇まいに、古くからのファンも温かい声援を送り続けています。
2026年の現在、彼らは大規模なアリーナツアーではなく、全国各地のライブハウス、地方都市の市民会館、野外フェスティバルへの出演を中心とした現場主義を貫いています。年間数十本に及ぶステージでは、3人がステージ上を縦横無尽に駆け回り、サポートDJが繰り出すビートに乗せて往年のヒット曲から最新ナンバーまでを熱唱。汗を飛び散らせながらマイクをパスし合う姿には、かつて7人で歌っていた頃と何一つ変わらない純粋な情熱が宿っています。
一般に知られていない盲点とネットの誤解|「法被」に込められた象徴的意味
ネット上の検索コミュニティやSNSでは、「ET-KINGはもう解散したのではないか」「ヒット曲だけの一発屋だったのではないか」といった誤解や偏見が散見されます。しかし、これらの言説は現場の実態を知らない浅薄な認識に過ぎません。
まず、彼らがトレードマークとして着用し続けている「法被(はっぴ)」の存在理由です。単なるお祭り騒ぎのコスプレと誤解されがちですが、結成当初の彼らにとって法被は「職人の魂」を意味する戦闘服でした。大阪の下町で育ち、特別なコネクションもなかった彼らが、「自分たちは音楽の職人として、額に汗して歌を届ける労働者である」という覚悟を行動で示したのが、全員お揃いの作業服=法被だったのです。
背番号についても、サッカーや野球の背番号とは異なる深い精神的意味を持ちます。1番はいときん、2番はTENN、3番はKLUTCH、4番はBUCCI、5番はセンコウ、6番はコシバKEN、7番はDJ BOOBY。この番号は、たとえメンバーがこの世を去ろうとも、グループを離れようとも、決して他の誰かに引き継がれることはありません。現在の3人編成のライブにおいても、ステージ上には不在となったメンバーのスペースが意識されており、照明演出などで7色のカラーが照射される瞬間があります。彼らにとって法被とは、過去と現在、そして天国とをつなぐ絆の証なのです。
また、代表曲である「愛しい人へ」や「ギフト」は、リリースから15年以上が経過した2020年代においても各種音楽サブスクリプションサービスで毎月数十万回以上の再生を記録し続けています。結婚式の定番ソングとして親から子へと歌い継がれており、一過性の流行歌ではなく、日本人の生活感情に根ざしたスタンダードナンバーとしての地位を確立しています。
【プロの結論】おすすめできる人・慎重になるべき人の判断基準
現在のET-KINGが展開する音楽やライブパフォーマンスは、現代のリスナー層によって受け止め方がはっきりと分かれる特徴を持っています。どのような人に適しているのか、その判断基準を明確に整理します。
【現在のET-KINGを強くおすすめできる人】
- 人間臭い泥臭さや情熱に心を動かされたい人:洗練されたデジタルポップスよりも、汗や涙、人生の挫折を赤裸々に歌い上げるストレートなメッセージソングを求めているリスナーに深く刺さります。
- 大切な人へのストレートな感謝を思い出したい人:結婚式や記念日、家族との絆に寄り添う温かなメロディを欲している人にとって、彼らの楽曲は唯一無二の包容力を発揮します。
- 逆境を乗り越えて生きる勇気をもらいたい人:幾重もの死別や苦難を乗り越えてなお前を向く3人の姿は、人生の壁に直面している人々にとって確かな希望となります。
【参加や視聴に慎重になるべき人】
- 冷徹に洗練された最先端のクラブミュージックのみを好む人:下町情緒や泥臭いMC、お祭り的なコール&レスポンスを多用するため、都会的でクールなサウンドのみを求める人には世界観が合わない可能性があります。
- 最盛期の7人体制と完全に同じ再現性を求める人:いときんのダミ声リードやTENNの超高速ラップ、BUCCIの高音ボーカルをそのままの音響で聴きたい場合、現在の3人体制によるリアレンジに最初のうちは違和感を覚えるかもしれません。

【etking メンバー】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:ET-KINGのメンバーは現在何人ですか?
A1:2026年現在、ステージで活動している正規メンバーはKLUTCH、センコウ、コシバKENの3人です。ただし、他界したいときんとTENNは「魂の永久メンバー」として数えられており、グループの精神としては「常に7人」というスタンスを貫いています。
Q2:法被のメンバーカラーと背番号はどうなっていますか?
A2:歴代7人の番号とカラーは以下の通り定められています。 1番:いときん(赤) 2番:TENN(黄) 3番:KLUTCH(青) 4番:BUCCI(緑) 5番:センコウ(オレンジ) 6番:コシバKEN(紫) 7番:DJ BOOBY(ピンク) 現在のライブでもこれらの色は大切に継承されています。
Q3:なぜメンバーの脱退が続いたのですか?不仲説は本当ですか?
A3:メンバー間の不仲による脱退ではありません。2020年末に脱退したDJ BOOBYはDJ業の引退と新たな人生への挑戦のため、2021年4月に脱退したBUCCIはソロ活動や地域貢献への専念のためでした。結成20周年を経て、40代を迎えたメンバー同士が互いの人生を尊重し合った円満な独立です。
Q4:2026年現在のライブ活動状況はどうなっていますか?
A4:全国のライブハウスやイベントホール、地方の野外音楽フェスを中心に精力的なライブ活動を継続しています。サポートDJを加えた強固なグルーヴと、3人の熟練したマイクパフォーマンスにより、かつてのヒット曲はもちろん、現在の生き様を反映した新曲までエネルギッシュなステージを届けています。
まとめ:泥臭く生きる7人の魂が鳴らし続ける応援歌
結成から四半世紀、ET-KINGが歩んできた道のりは、決して平坦なものではありませんでした。音楽業界の激変期を生き抜くなかで、かけがえのない2人の兄弟との死別、そして苦楽を共にした仲間の旅立ちを経験しました。普通のグループであれば、度重なる打撃に耐えかねて解散を選んでいても何ら不思議ではありません。
それでも彼らが看板を降ろさなかったのは、遺された音楽が人々の心の中で生き続け、何より天国の友と交わした「歌い続ける」という約束があるからです。KLUTCH、センコウ、コシバKENの3人がマイクを握るステージの背後には、今も赤と黄の法被を着たいときんとTENNの魂が確かに息づいています。
不器用で、泥臭く、しかしどこまでも人間味にあふれた彼らの歌声。2026年の今だからこそ、傷つき迷いながら生きる現代人の心に、そのまっすぐな叫びは力強く鳴り響いています。 (出典: etking メンバー(Yahoo!ニュース))